ヤマトンチュになりたくて、
なり切れない心だろう
沖縄の「保守」は、本土の「保守」とは根本的に異なる。本土では日米安保体制を肯定し、在日米軍基地の存在を国防上の前提として受け入れる。しかし沖縄の保守は、基地の存在を認めつつも「なぜ沖縄だけが過重な負担を負うのか」という問いを常に抱えてきた。
国土面積の0.6%に在日米軍専用施設の約70%が集中する不条理は、保守も革新も共有する現実だ。沖縄保守の歴史とは、この構造的不平等の下で「日本との一体化」を希求しながらも、常にその理想と現実の乖離に引き裂かれてきた苦悩の歴史である。
沖縄保守の直接的な起源は、1952年8月31日に結成された琉球民主党にある。当初は幅広い政治家が参加していた沖縄社会大衆党から、保守系の比嘉秀平らが脱党して結成した。親米協調路線を基本方針とし、比嘉秀平行政主席の与党として機能した。
保守側は「段階的一体化」路線──対米協力を軸に、自治拡大・渡航制限撤廃・日本政府援助の拡大を一つずつ実績として積み重ねる方針を掲げた。これに対し革新側は「即時無条件復帰」を主張し、「日の丸掲揚」「主席公選」「国政参加」を求めた。
1968年の初の公選行政主席選挙で、即時復帰を掲げる屋良朝苗が保守の西銘順治を破って当選。そして1970年3月8日、沖縄自由民主党は本土の自由民主党に「発展的解消」する形で統合され、自由民主党沖縄県支部連合会が発足した。
それはヤマトンチュになりたくて、なり切れない心だろう── 西銘順治、1985年「沖縄の心とは?」と問われて
| 市 | 市長 | 就任 | 支援 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 那覇市 | 知念覚 | 2022年 | 自公 | 元副市長。翁長雄治を破り当選 |
| 名護市 | 渡具知武豊 | 2018年(3選) | 自公 | 3つの無料化(給食・保育・医療費) |
| 沖縄市 | 花城大輔 | 2025年1月 | 自公 | 元県議4期・元県連幹事長 |
| 宜野湾市 | 佐喜眞淳 | 2024年(返り咲き) | 自公 | 2018年知事選にも出馬した経歴 |
| 浦添市 | 松本哲治 | 2013年(4選) | 自公 | 那覇軍港移設容認 |
| うるま市 | 中村正人 | 2021年(再選) | 自公 | 2025年4月再選 |
| 豊見城市 | 徳元次人 | 2022年 | 保守系 | 保守一本化で当選 |
| 石垣市 | 中山義隆 | 2010年(5選) | 自公 | 不信任→出直し選で5選 |
| 宮古島市 | 嘉数登 | 2025年1月 | 保守系 | 保守分裂選挙で当選 |
| 糸満市 | 當銘真栄 | 2020年(再選) | 共産 | 革新系 |
| 南城市 | 大城憲幸 | 2025年12月 | 無党派 | 「脱政党」で自公候補を破る |
| 年 | 保守候補 | 得票数 | 得票率 | 対立候補 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1998 | 稲嶺恵一 | 374,833 | 52.4% | 大田昌秀 | 勝利 |
| 2002 | 稲嶺恵一 | 359,604 | 64.4% | 吉元政矩 | 圧勝 |
| 2006 | 仲井眞弘多 | 347,303 | 52.3% | 糸数慶子 | 勝利 |
| 2010 | 仲井眞弘多 | 335,708 | 52.0% | 伊波洋一 | 勝利 |
| 2014 | 仲井眞弘多 | 261,076 | 37.3% | 翁長雄志 | 10万票差敗北 |
| 2018 | 佐喜真淳 | 316,458 | 43.9% | 玉城デニー | 8万票差敗北 |
| 2022 | 佐喜真淳 | 274,844 | 41.1% | 玉城デニー | 6.5万票差敗北 |
八重山日報(2026年1月「沖縄八重山日報」に改称)── 石垣市拠点、約6,000部。琉球新報・沖縄タイムスとは異なる保守的論調で「第三の県紙」を目指す。保守系論客としては我那覇真子(「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員)、惠隆之介(元海自・評論家)、ロバート・D・エルドリッヂ(政治学博士、元在沖米海兵隊政務外交部次長)らが知られる。
本土保守は日米安保を当然の前提として受け入れる。沖縄保守は安保を支持しつつも「なぜ沖縄だけが0.6%の国土に70%の基地を負担するのか」という根源的疑問を抱える。基地容認は「国益への貢献」であると同時に「不公正の甘受」でもあるという二律背反。
稲嶺恵一の「15年使用期限」は米国に拒否され、2006年に閣議決定が廃止された。仲井眞弘多の「県外移設」公約は振興予算と引き換えに破られた。条件は常に後から形骸化・無効化される──これが沖縄保守の構造的ジレンマ。
沖縄の基地経済依存は、1965年の県民総所得の30.4%から2014年には5.7%にまで低下した。那覇新都心では基地返還後に経済効果が52億円→1,634億円(約32倍)に拡大した実績もある。しかし、沖縄振興予算は基地問題と密接にリンクし続けている。
沖縄保守の最大の功績は、中央との太いパイプを活かした社会資本整備にある。西銘順治の12年間で沖縄自動車道が全線開通し、稲嶺恵一時代にはゆいレールと美ら海水族館が開業。仲井眞弘多時代には那覇空港第二滑走路が着工された。これらのインフラは今日の沖縄経済の骨格を形成している。



| 知事 | 主要インフラ | 完成年 |
|---|---|---|
| 西銘順治 (1978-1990) | 沖縄自動車道 全線開通(57.3km) | 1987 |
| 沖縄コンベンションセンター | 1987 | |
| 沖縄県立芸術大学 開学 | 1986 | |
| 福地ダム・安波ダム等 水資源整備 | 1974-87 | |
| 稲嶺恵一 (1998-2006) | 沖縄美ら海水族館 | 2002 |
| ゆいレール開通(那覇空港〜首里) | 2003 | |
| 万国津梁館(G8サミット会場) | 2000 | |
| 仲井眞弘多 (2006-2014) | 那覇空港第二滑走路 着工 | 2014着工→2020供用 |
| ゆいレール延伸(首里〜てだこ浦西) | 2019開通 |
| 役職 | 氏名 | 備考 |
|---|---|---|
| 会長 | 島袋大 | 県議5期(豊見城市区)。「言ったことはヤル」が信条 |
| 幹事長 | 座波一 | 県議(島尻・南城市区)。花城大輔の沖縄市長転出に伴い就任 |
| 総務会長 | 西銘啓史郎 | 県議(那覇市区) |
| 政調会長 | 大浜一郎 | 県議(石垣市区) |
| 最高顧問 | 仲井眞弘多 | 元知事。経済界への影響力を維持 |
國場一族株式会社國場組(1931年創業)
沖縄県最大手の総合建設会社。創業者・國場幸太郎は12歳で大工見習いに出て17歳で棟梁に。戦前は日本軍の小禄飛行場(現・那覇空港)等を施工。戦後は米軍基地建設・復興事業で急成長。
グループ売上: 929億円(2024年6月期)
純利益: 48.6億円
従業員: 259名
グループ会社: ザ・テラスホテルズ、沖縄セメント工業、富士フイルムBI沖縄、下地島空港施設等14社超
一族の主要人物:
・國場幸太郎(創業者、「沖縄財界四天王」)
・國場幸昌(衆院6期、沖縄開発政務次官4度)
・國場幸治(元社長、幸之助の父)
・國場幸伸(現会長兼CEO)
・國場幸之助(現衆院議員6期、国交副大臣)は沖縄保守政界の「名門」だ。創業者・國場幸太郎が築いた國場組はグループ売上929億円(2024年6月期)の沖縄最大手ゼネコンであり、建設業は基地関連・公共事業と構造的に結びつく。國場幸昌(元衆議院議員6期)は復帰前後の重鎮、その甥の國場幸之助(衆議院議員6期、現国交副大臣)は県連会長も務めた県連所属国会議員の筆頭格だ。
経済界では、オール沖縄から離脱した金秀グループ(呉屋守將会長)とかりゆしグループが保守側に回帰。知事選候補者選考委員会の委員長を務めた金城克也(日本商工連盟那覇地区代表世話人)ら経済団体幹部が、古謝玄太の擁立を主導した。
沖縄選挙区の参議院2議席は、いずれもオール沖縄系(伊波洋一・高良沙哉)が占める。2025年参院選で自民党は選挙区・比例ともに敗北し、沖縄に保守系の参議院議員は不在という状況にある。衆院全勝との対照的な「ねじれ」は、知事選の行方にも影響する。
沖縄保守の歴史とは、「日本との一体化」を望みながらも、基地負担という構造的不平等に翻弄され続けた苦悩の歴史である。西銘順治の「ヤマトンチュになりたくて、なり切れない心」は、70年を経た今も沖縄保守のアイデンティティの核心を突いている。
2014年からの12年間、保守は知事選で三度敗れた。翁長雄志の「イデオロギーよりアイデンティティ」という旗に、保守の一部さえも吸い寄せられた。しかし今、オール沖縄の退潮と保守の地盤固めが進み、2026年9月の知事選は12年ぶりの県政奪還の現実味を帯びている。
問われているのは「沖縄保守は何を守るのか」だ。経済振興と基地容認のバランス、本土との一体化と沖縄のアイデンティティの狭間──その答えは、9月13日の投票箱の中にある。
沖縄保守を語るとき、本土の目線で「基地賛成派」と単純化してはならない。西銘順治が「なり切れない心」と表現した複雑な感情は、保守政治家にも革新政治家にも、そして市井の県民にも共通する沖縄の根源的なアイデンティティである。基地問題を「賛成か反対か」の二項対立で語ること自体が、沖縄の現実を見誤る原因なのかもしれない。
── 編集責任者:上間喜壽 + Atlas Daily編集部チーム