Atlas Daily 特集 ── 第6話

沖縄保守とは何か?

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第6話Atlas Daily 特集

沖縄保守とは何か?

─ その潮流と実態に迫る ─
自民党沖縄県連、歴代知事、支持母体、そして2026年知事選への布陣|Atlas Daily編集部チーム
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ヤマトンチュになりたくて、
なり切れないだろう
── 元沖縄県知事 西銘順治氏(1985年、「沖縄の心とは?」と問われて)
「沖縄保守」── 本土保守とは異なるもう一つの保守

沖縄の「保守」は、本土の「保守」とは根本的に異なる。本土では日米安保体制を肯定し、在日米軍基地の存在を国防上の前提として受け入れる。しかし沖縄の保守は、基地の存在を認めつつも「なぜ沖縄だけが過重な負担を負うのか」という問いを常に抱えてきた。

国土面積の0.6%に在日米軍専用施設の約70%が集中する不条理は、保守も革新も共有する現実だ。沖縄保守の歴史とは、この構造的不平等の下で「日本との一体化」を希求しながらも、常にその理想と現実の乖離に引き裂かれてきた苦悩の歴史である。

源流 ── 琉球民主党から自民党沖縄県連へ
1952年の琉球民主党結成から1970年の本土自民党統合まで

沖縄保守の直接的な起源は、1952年8月31日に結成された琉球民主党にある。当初は幅広い政治家が参加していた沖縄社会大衆党から、保守系の比嘉秀平らが脱党して結成した。親米協調路線を基本方針とし、比嘉秀平行政主席の与党として機能した。

保守と革新の分岐点 ── 復帰をめぐる路線対立

保守側は「段階的一体化」路線──対米協力を軸に、自治拡大・渡航制限撤廃・日本政府援助の拡大を一つずつ実績として積み重ねる方針を掲げた。これに対し革新側は「即時無条件復帰」を主張し、「日の丸掲揚」「主席公選」「国政参加」を求めた。

1968年の初の公選行政主席選挙で、即時復帰を掲げる屋良朝苗が保守の西銘順治を破って当選。そして1970年3月8日、沖縄自由民主党は本土の自由民主党に「発展的解消」する形で統合され、自由民主党沖縄県支部連合会が発足した。

1952
琉球民主党結成
比嘉秀平が初代総裁。親米協調路線。沖縄保守の直接的起源。
1959
沖縄自由民主党(第1次)結成
保守合同。1960年立法院選で22議席の大勝。
1968
初の公選行政主席選挙
革新の屋良朝苗が保守の西銘順治を破り当選。即時復帰派が勝利。
1970
本土自民党に統合 ── 県連発足
自由民主党沖縄県支部連合会として発足。初代会長は大田政作。
1972
沖縄の日本復帰
屋良朝苗が初代県知事に。保守は野党として再出発。
1978
西銘順治が知事に当選
復帰後初の保守系知事。3期12年の「保守王国」を築く。
歴代保守系知事 ── 三人の肖像
基地と経済のジレンマに向き合った三人の知事、それぞれの選択
西銘順治
西銘 順治
第3代知事(1978-1990)3期12年
与那国村出身|東京帝大法学部卒
那覇市長2期→衆院議員4期→知事
「基地と共存する経済発展」路線
沖縄自動車道・コンベンションセンター・県立芸大 ── 12年で沖縄の骨格をつくった男
中央との太いパイプで振興予算を獲得し、インフラと人材育成を推進。「世界のウチナーンチュ大会」で海外県系人との絆を制度化。保守知事として初めて訪米し国防総省に基地縮小を要請した「闘える保守」。
1921
与那国村に生まれる
幼少期はパラオ在住。旧制二中→水戸高→東京帝大法学部。海軍中尉として従軍。
1948
外務省入省→半年で退官、沖縄ヘラルド創設
新聞社社長を経て、1950年に沖縄社会大衆党結党に参加。1954年立法院議員当選。
1962
那覇市長(2期6年)
沖縄自由民主党の支援で当選。キャラウェイ高等弁務官の「自治神話」発言をめぐり党離党・復党を経験。
1968
行政主席選で屋良朝苗に敗北
党総裁として出馬。日米両政府が水面下で西銘当選を工作していたことが後年判明。
1970
衆議院議員に当選(計4期)
沖縄開発政務次官、経済企画政務次官を歴任。中央との太いパイプを構築。
1978
沖縄県知事に初当選(3期12年)
復帰後初の保守系知事。「一にも二にも人づくり」をスローガンに。
1986-87
沖縄自動車道全線開通・コンベンションセンター完成
県立芸術大学開学(1986年)。保守知事として初めて訪米し国防総省に基地縮小を要請。
1990
「世界のウチナーンチュ大会」創設 → 知事選敗北
4選を目指すも大田昌秀に約3万票差で敗北。1993年に衆院議員として国政復帰。2001年死去(80歳)。
それはヤマトンチュになりたくて、なり切れない心だろう── 西銘順治、1985年「沖縄の心とは?」と問われて
稲嶺恵一
稲嶺 恵一
第5代知事(1998-2006)2期
大連出身|慶應大経済学部卒
琉球石油社長→知事
「条件付き容認」── 実業家知事の現実路線
G8サミット誘致・ゆいレール開通・美ら海水族館 ── 沖縄を世界に開いた経済人
経済界のトップから知事に転身し、「県政不況」を打破。辺野古移設を「15年使用期限」の条件付きで容認したが、条件は後に無効化された──条件付き容認路線の限界と可能性を体現した知事。
1933
関東州大連市に生まれる
父は琉球石油創業者・後に参議院議員の稲嶺一郎。本籍は本部町。
1957
慶應義塾大学経済学部卒 → いすゞ自動車
1973年に父が創業した琉球石油に転じ、1986年に社長就任。
1991
沖縄県経営者協会会長に就任
沖縄経済同友会特別幹事、南西航空(現JTA)会長等を歴任。経済界の重鎮に。
1998
知事選で大田昌秀を破り初当選
「県政不況」キャンペーンで経済復興を訴え勝利。自民推薦。
1999
辺野古移設を条件付き容認
「15年使用期限」「軍民共用空港」を条件に。小渕内閣が閣議決定。
2000
九州・沖縄サミット(G8)開催
クリントン米大統領を「平和の礎」に案内。沖縄を世界に発信。二千円札も実現。
2003
ゆいレール開通
那覇空港〜首里間12.9km。沖縄唯一の軌道系交通。OIST構想も推進。
2006
退任 ── 15年使用期限は無効化
日米合意で1999年閣議決定が廃止。条件付き容認路線の限界を象徴する結末。
仲井眞弘多
仲井眞 弘多
第6代知事(2006-2014)2期
大阪市生・那覇育ち|東大工学部卒
通産省→沖縄電力社長→知事
「県外移設」から辺野古承認 ── 変節と代償
振興予算3,501億円のピークと引き換えに、保守を分裂させた決断
元通産官僚・沖縄電力社長のテクノクラート。一括交付金制度を導入し振興予算をピークに導いたが、2013年12月の辺野古承認で保守を二つに割った。「いい正月になる」発言は県民の怒りに火をつけ、オール沖縄誕生の直接的引き金に。
1939
大阪市に生まれる(本籍は那覇市)
東京大学工学部機械工学科卒。1961年に通商産業省入省。イタリア留学、NY勤務。
1987
通産省退官 → 沖縄電力理事
1990年に大田知事の下で沖縄県副知事。1995年に沖縄電力社長、2003年に会長。
2006
知事に初当選(自公推薦)
稲嶺恵一の後継として保守県政を継続。沖縄振興計画を推進。
2010
「県外移設」を公約に再選
翁長雄志が公約策定に関与。一括交付金制度を導入(2012年)。
2013.12.25
安倍首相と会談 ── 「有史以来の予算」
毎年3,000億円台の振興予算を確約される。「良い正月になる」「私は応援団」。
2013.12.27
辺野古埋め立て承認
県環境部の「懸念が払拭できない」との意見を覆す判断。県議会は史上初の知事辞任要求決議を可決。
2014.11
知事選で翁長雄志に約10万票差で敗北
この「変節」が保守分裂とオール沖縄誕生の直接的引き金に。退任後、県連最高顧問に。
チーム沖縄 ── 保守系首長の全体像
11市中8市を保守系が占める ── オール沖縄系市長はゼロ
市長就任支援備考
那覇市知念覚2022年自公元副市長。翁長雄治を破り当選
名護市渡具知武豊2018年(3選)自公3つの無料化(給食・保育・医療費)
沖縄市花城大輔2025年1月自公元県議4期・元県連幹事長
宜野湾市佐喜眞淳2024年(返り咲き)自公2018年知事選にも出馬した経歴
浦添市松本哲治2013年(4選)自公那覇軍港移設容認
うるま市中村正人2021年(再選)自公2025年4月再選
豊見城市徳元次人2022年保守系保守一本化で当選
石垣市中山義隆2010年(5選)自公不信任→出直し選で5選
宮古島市嘉数登2025年1月保守系保守分裂選挙で当選
糸満市當銘真栄2020年(再選)共産革新系
南城市大城憲幸2025年12月無党派「脱政党」で自公候補を破る
選挙データで見る沖縄保守の軌跡
知事選7回分の保守候補得票推移と2026年衆院選全勝の分析

知事選 ── 保守候補の得票推移

保守候補得票数得票率対立候補結果
1998稲嶺恵一374,83352.4%大田昌秀勝利
2002稲嶺恵一359,60464.4%吉元政矩圧勝
2006仲井眞弘多347,30352.3%糸数慶子勝利
2010仲井眞弘多335,70852.0%伊波洋一勝利
2014仲井眞弘多261,07637.3%翁長雄志10万票差敗北
2018佐喜真淳316,45843.9%玉城デニー8万票差敗北
2022佐喜真淳274,84441.1%玉城デニー6.5万票差敗北

2026年衆院選 ── 史上初の全4区全勝

1区 國場
58,808
2区 宮崎
71,071
3区 島尻
87,075
4区 西銘
76,580
全勝の要因
全候補が前回比1.3万〜2.4万票を上積み。有権者の関心が基地問題から経済・物価高に移行。オール沖縄の分裂(特に2区で反自民票が3候補に分散)。チーム沖縄による基礎自治体レベルの保守地盤盤石化。
現在の沖縄保守 ── 組織・議員・支持母体

国会議員(2026年衆院選後)── 全4議席を独占

國場幸之助
國場幸之助
1区|自民|6期|53歳
那覇市出身|早稲田大学卒
國場組創業家|国交副大臣
元外務政務官・県連会長
宮崎政久
宮崎政久
2区|自民|6期|60歳
長野県出身|明治大学法学部卒
弁護士→2004年那覇で開業
防衛副大臣・元厚労副大臣
島尻安伊子
島尻安伊子
3区|自民|衆3期参1期|61歳
仙台市出身|上智大学卒
元沖縄担当大臣(安倍内閣)
子ども貧困対策事業を創設
西銘恒三郎
西銘恒三郎
4区|自民|7期|71歳
沖縄県出身|チューレーン大院卒
西銘順治の息子
元復興大臣・沖縄北方担当大臣

支持母体

経済界
沖縄経済同友会
沖縄県商工会議所連合会
沖縄県建設業協会
國場組 (國場幸之助の生家)
金秀G (オール沖縄から離脱)
地方組織
チーム沖縄 (保守系市長の会)
11市中9市が保守系市長
自民党県議20名 (2024年全員当選)
青年会議所(JC)
その他
沖縄県医師会
農業団体
観光業界
※公明党は2025年10月に自公連立を解消。創価学会票は離脱。

保守系メディア

八重山日報(2026年1月「沖縄八重山日報」に改称)── 石垣市拠点、約6,000部。琉球新報・沖縄タイムスとは異なる保守的論調で「第三の県紙」を目指す。保守系論客としては我那覇真子(「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員)、惠隆之介(元海自・評論家)、ロバート・D・エルドリッヂ(政治学博士、元在沖米海兵隊政務外交部次長)らが知られる。

沖縄保守の思想的特徴
本土保守との違い

本土保守は日米安保を当然の前提として受け入れる。沖縄保守は安保を支持しつつも「なぜ沖縄だけが0.6%の国土に70%の基地を負担するのか」という根源的疑問を抱える。基地容認は「国益への貢献」であると同時に「不公正の甘受」でもあるという二律背反。

「条件付き容認」路線の限界

稲嶺恵一の「15年使用期限」は米国に拒否され、2006年に閣議決定が廃止された。仲井眞弘多の「県外移設」公約は振興予算と引き換えに破られた。条件は常に後から形骸化・無効化される──これが沖縄保守の構造的ジレンマ。

振興予算の政治力学

沖縄の基地経済依存は、1965年の県民総所得の30.4%から2014年には5.7%にまで低下した。那覇新都心では基地返還後に経済効果が52億円→1,634億円(約32倍)に拡大した実績もある。しかし、沖縄振興予算は基地問題と密接にリンクし続けている。

沖縄振興予算の推移(1972〜2026年度)
棒の色は当該年度の知事の政治的立場を示す|赤=保守系 青=革新系 緑=オール沖縄系|数値は概数(出典: 内閣府・参議院調査室・報道各社)
予算と政治の相関 ── 54年間のデータが語ること
復帰直後の781億円から始まった振興予算は、1995年の米兵事件以降に急増し、2000年のG8サミット年に4,527億円のピークを記録(稲嶺恵一・保守)。その後、小泉構造改革で半減し、仲井眞知事の辺野古承認(2013年末)で再び3,501億円に増額。翁長・玉城のオール沖縄時代に漸減が続き、2022年度以降は2,700億円前後で推移。保守知事時代に予算が増え、革新・オール沖縄時代に減るという相関は、基地と経済のトレードオフを数字で裏付けている。復帰以来の累計は約14.4兆円。

保守が沖縄に残したインフラ ── 経済振興の実績

沖縄保守の最大の功績は、中央との太いパイプを活かした社会資本整備にある。西銘順治の12年間で沖縄自動車道が全線開通し、稲嶺恵一時代にはゆいレールと美ら海水族館が開業。仲井眞弘多時代には那覇空港第二滑走路が着工された。これらのインフラは今日の沖縄経済の骨格を形成している。

ゆいレール
ゆいレール(2003年開通)
稲嶺恵一時代|沖縄唯一の軌道系交通
国際通り
国際通り
那覇の観光・商業の中心|トランジットモール実施
那覇市街
那覇新都心(おもろまち)
基地返還後に経済効果32倍の再開発
知事主要インフラ完成年
西銘順治
(1978-1990)
沖縄自動車道 全線開通(57.3km)1987
沖縄コンベンションセンター1987
沖縄県立芸術大学 開学1986
福地ダム・安波ダム等 水資源整備1974-87
稲嶺恵一
(1998-2006)
沖縄美ら海水族館2002
ゆいレール開通(那覇空港〜首里)2003
万国津梁館(G8サミット会場)2000
仲井眞弘多
(2006-2014)
那覇空港第二滑走路 着工2014着工→2020供用
ゆいレール延伸(首里〜てだこ浦西)2019開通
自民党沖縄県連の権力構造

県連執行部(2025年1月〜)

役職氏名備考
会長島袋大県議5期(豊見城市区)。「言ったことはヤル」が信条
幹事長座波一県議(島尻・南城市区)。花城大輔の沖縄市長転出に伴い就任
総務会長西銘啓史郎県議(那覇市区)
政調会長大浜一郎県議(石垣市区)
最高顧問仲井眞弘多元知事。経済界への影響力を維持

影の実力者 ── 國場一族と経済界

國場一族株式会社國場組(1931年創業)
沖縄県最大手の総合建設会社。創業者・國場幸太郎は12歳で大工見習いに出て17歳で棟梁に。戦前は日本軍の小禄飛行場(現・那覇空港)等を施工。戦後は米軍基地建設・復興事業で急成長。

グループ売上: 929億円(2024年6月期)
純利益: 48.6億円
従業員: 259名
グループ会社: ザ・テラスホテルズ、沖縄セメント工業、富士フイルムBI沖縄、下地島空港施設等14社超

一族の主要人物:
・國場幸太郎(創業者、「沖縄財界四天王」)
・國場幸昌(衆院6期、沖縄開発政務次官4度)
・國場幸治(元社長、幸之助の父)
・國場幸伸(現会長兼CEO)
・國場幸之助(現衆院議員6期、国交副大臣)
は沖縄保守政界の「名門」だ。創業者・國場幸太郎が築いた國場組はグループ売上929億円(2024年6月期)の沖縄最大手ゼネコンであり、建設業は基地関連・公共事業と構造的に結びつく。國場幸昌(元衆議院議員6期)は復帰前後の重鎮、その甥の國場幸之助(衆議院議員6期、現国交副大臣)は県連会長も務めた県連所属国会議員の筆頭格だ。

経済界では、オール沖縄から離脱した金秀グループ(呉屋守將会長)とかりゆしグループが保守側に回帰。知事選候補者選考委員会の委員長を務めた金城克也(日本商工連盟那覇地区代表世話人)ら経済団体幹部が、古謝玄太の擁立を主導した。

参議院 ── 保守の空白地帯

沖縄選挙区の参議院2議席は、いずれもオール沖縄系(伊波洋一・高良沙哉)が占める。2025年参院選で自民党は選挙区・比例ともに敗北し、沖縄に保守系の参議院議員は不在という状況にある。衆院全勝との対照的な「ねじれ」は、知事選の行方にも影響する。

県議会 自民党会派(24名)── 2024年県議選で全員当選

北部・中部
仲里全孝(国頭郡)
比嘉忍(名護市)
喜屋武力(うるま市)
大屋政善(うるま市)
新里治利(沖縄市)
小渡良太郎(沖縄市)
中川京貴(中頭郡)
宮里洋史(中頭郡)
又吉清義(宜野湾市)
呉屋宏(宜野湾市)
島尻忠明(浦添市)
南部・離島
西銘啓史郎(那覇市)
仲村家治(那覇市)
新垣淑豊(那覇市)
島袋大(豊見城市)
座波一(島尻・南城市)
徳田将仁(島尻・南城市)
新垣善之(島尻・南城市)
新垣新(糸満市)
下地康教(宮古島市)
新里匠(宮古島市)
大浜一郎(石垣市)
2026年知事選 ── 保守の県政奪還なるか
投開票日: 2026年9月13日
古謝 玄太
自民党支援 | 新人・42歳
経歴: 東大薬学部→総務省→那覇市副市長(史上最年少)
辺野古: 容認(「最も早い解決策」)
政策: 経済振興、物価高対策、交通渋滞解消
スローガン: 世代をつなぎ、沖縄を次のステージへ。
玉城デニー
玉城 デニー
オール沖縄 | 現職・3選出馬・66歳
経歴: ラジオDJ→衆議院議員4期→知事2期
辺野古: 阻止を継続
政策: 子ども貧困対策、アジア経済戦略
課題: 衆院選全敗、県議過半数割れ、組織分裂
保守の追い風要因
衆院全4区全勝の勢い、県議過半数奪還、11市中9市が保守系市長、オール沖縄系市長ゼロ。42歳vs66歳の「世代交代」も争点に。一方、公明党離脱(創価学会票の流出)は不安材料。知事選は「辺野古反対の継続」vs「経済振興と現実路線」の構図。12年ぶりの県政奪還なるか。
結びに代えて

沖縄保守の歴史とは、「日本との一体化」を望みながらも、基地負担という構造的不平等に翻弄され続けた苦悩の歴史である。西銘順治の「ヤマトンチュになりたくて、なり切れない心」は、70年を経た今も沖縄保守のアイデンティティの核心を突いている。

2014年からの12年間、保守は知事選で三度敗れた。翁長雄志の「イデオロギーよりアイデンティティ」という旗に、保守の一部さえも吸い寄せられた。しかし今、オール沖縄の退潮と保守の地盤固めが進み、2026年9月の知事選は12年ぶりの県政奪還の現実味を帯びている。

問われているのは「沖縄保守は何を守るのか」だ。経済振興と基地容認のバランス、本土との一体化と沖縄のアイデンティティの狭間──その答えは、9月13日の投票箱の中にある。

編集部 後記

沖縄保守を語るとき、本土の目線で「基地賛成派」と単純化してはならない。西銘順治が「なり切れない心」と表現した複雑な感情は、保守政治家にも革新政治家にも、そして市井の県民にも共通する沖縄の根源的なアイデンティティである。基地問題を「賛成か反対か」の二項対立で語ること自体が、沖縄の現実を見誤る原因なのかもしれない。

── 編集責任者:上間喜壽 + Atlas Daily編集部チーム