ATLAS DAILY 特集

沖縄県知事選 2026年特集

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第7話Atlas Daily 特集

歴代沖縄県知事の系譜

振り子のように揺れる島:復帰から半世紀、沖縄を率いたリーダーたち
基地・経済・アイデンティティの三重奏を辿る|Atlas Daily編集部チーム
「ヤマトンチュになりたくて、
なりきれない
── 西銘順治(第3代沖縄県知事)1985年
📖 はじめに
1972年5月15日、27年間の米国統治から日本に復帰した沖縄県。以来半世紀、7人の知事が基地問題・経済振興・アイデンティティという三つの宿命的テーマと向き合い続けてきた。革新と保守が振り子のように交互に政権を担うその動きは、県民が「平和」と「経済」の間で揺れ動いてきた歴史そのものである。
復帰式典
1972年5月15日、那覇ホイールベースでの施政権返還式典
出典: 沖縄県公文書館 (PD)
7人
復帰後の知事
53年
復帰からの年月
13回
知事選実施回数
🔥 沖縄戦から復帰へ ── 27年間の物語

1945年3月26日、米軍は慶良間諸島に上陸。4月1日、18万の大軍が沖縄本島に押し寄せた。「鉄の暴風(Typhoon of Steel)」と呼ばれた3か月の戦闘で、日本側の死者・行方不明者は188,136人。うち沖縄県出身者は約12万2千人 ── 当時の人口の4人に1人が命を落とした。

沖縄戦の民間人
連合軍に集められる沖縄の民間人(1945年)
出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

生き残った県民は各地の収容所に集められた。住民が収容されている間、米軍は広大な土地を接収し基地を建設。1950年代には「銃剣とブルドーザー」による土地強制接収が進行 ── 武装兵が住民を追い出し、ブルドーザーが耕地をならした。

1955年 ── 由美子ちゃん事件

5歳の少女が米兵に暴行殺害。死刑判決は本国で減刑・仮釈放され、「占領下の正義」への絶望を決定的にした。

1956年、プライス勧告が発表される。軍用地の一括買い上げを勧告するその内容に県民の怒りが爆発。「四原則貫徹県民大会」に約15万人が結集 ── 島ぐるみ闘争の始まりだった。

1950年代コザ十字路
1950年代のコザ十字路
通貨切替
B円から米ドルへの通貨切替

1960年代、第3代高等弁務官ポール・W・キャラウェイ中将が「沖縄住民による自治は神話(myth)にすぎない」と宣言する。立法の拒否権を連発し、金融界にも介入して琉球銀行経営陣を総辞職に追い込んだ ── この強権統治は「キャラウェイ旋風」と呼ばれ、逆に復帰運動を加速させた。

キャラウェイ高等弁務官
キャラウェイ高等弁務官
キャラウェイ記者会見
着任時の記者会見(1961年)

1968年、初の公選で屋良朝苗が投票率89%で圧勝。1970年12月にはコザ暴動 ── 約5,000人が蜂起し外国人車両82台を焼き打ちした。そして1972年5月15日、ついに施政権が返還された。しかし「基地のない平和の島」は実現せず、「基地付き返還」という現実が待っていた。

コザ暴動
コザ暴動後、焼けた車の近くに立つ米軍兵士(1970年12月20日)
Photo: Larry Gray (PD)
🏛️ 琉球政府 歴代行政主席
比嘉秀平
比嘉秀平
1952〜56
琉球民主党
当間重剛
当間重剛
1956〜59
保守・親米
大田政作
大田政作
1959〜64
沖縄自民党
松岡政保
松岡政保
1964〜68
保守・親米
屋良朝苗
屋良朝苗
1968〜72
革新統一(公選)

行政主席の権限と限界

1952年〜1968年は高等弁務官による任命制。比嘉秀平は復帰尚早論に立ち琉球民主党を結成、親米協調路線をとるも軍用地問題の重圧の中で急死。当間重剛は島ぐるみ闘争を収拾しつつ瀬長亀次郎市長追放にも関与。大田政作はキャラウェイの強権に翻弄され党が分裂、辞任。松岡政保は唯一の米国留学経験者で公選制実現への道を開いた。

01
FIRST GOVERNOR
屋良朝苗
1972〜1976年 ── 革新
復帰の「希望と失望」を背負った初代知事
── 「建議書の人」:基地なき平和の島を夢見た教育者 ──
屋良朝苗
革新

屋良朝苗

やら ちょうびょう|1902〜1997
出身:読谷村
前職:琉球政府行政主席・沖縄教職員会長
在任:1972年5月〜1976年6月(1期)

教師出身の屋良は復帰運動の中心人物。1960年に祖国復帰協議会の初代会長に就任し「即時無条件全面返還」を訴え続けた。1971年の「建議書」に平和の島への願いを込めたが、その建議書が国会に届いた日、衆議院では返還協定が強行採決された。

復帰後の混乱

ドルから円への切替(1ドル=305円)で預貯金が目減り。オイルショック(1973年)で物価急騰。「核抜き本土並み」の約束は果たされず基地はそのまま残った。

TURNING POINT

沖縄国際海洋博覧会(1975年)

36か国が参加。総事業費は約2,800億円に膨張し「起爆剤ではなく自爆剤」と批判されたが、長期的には沖縄の観光立県の基礎を築いた。

アクアポリス
海上都市「アクアポリス」航空写真 (国土交通省)
海洋博ビーチパーク
海洋博ビーチパーク (CC BY-SA 3.0)
「基地のある限り、沖縄の復帰が完了したとはいえない」
── 屋良朝苗、1976年退任時
02
SECOND GOVERNOR
平良幸市
1976〜1978年 ── 革新
病に倒れた短命政権
── 「平和宣言の人」:志半ばに倒れた沖縄の良心 ──

西原町出身、立法院議員を20年間務めた平良幸市(1909〜1982年)は、全戦没者追悼式で知事として初めて平和宣言を発出。730交通変更の準備を進めたが在任わずか約2年5か月、脳血栓で倒れ辞任した。

730以前の車
730以前の左ハンドル車(右側通行時代)
(PD)
03
THIRD GOVERNOR
西銘順治
1978〜1990年 ── 保守(自民推薦)
3期12年、「経済振興」の保守県政と沖縄のアイデンティティ
── 「沖縄の心の人」:ヤマトンチュになりきれない葛藤を率直に語った ──
西銘順治
保守

西銘順治

にしめ じゅんじ|1921〜2001
出身:与那国島(パラオ育ち)
前職:衆議院議員・沖縄開発政務次官
在任:1978年12月〜1990年12月(3期)

パラオで幼少期を過ごし、植民地教育の中でいじめや蔑視を受けたが反骨精神で卒業生総代に選ばれた。復帰後初の保守系知事として「中央との太いパイプ」で経済振興とインフラ整備に邁進。海邦国体、首里城復元着手、世界のウチナーンチュ大会と、沖縄の文化的アイデンティティを再定義した3期12年だった。

1987年 海邦国体と日の丸焼却事件

国体で沖縄が男女総合優勝を達成。しかし読谷村で知花昌一が日の丸を切り落とし燃やし「血に染められた歴史を持つ」と宣言。「明るい沖縄」を示す場であると同時に、本土との深い溝を浮き彫りにした。

首里城
復元された首里城正殿 ── 西銘知事時代に着手、1992年完成
(CC BY-SA 3.0)
TURNING POINT

「沖縄の心」発言(1985年)

「沖縄の心とは何か」と問われ答えた。
「ヤマトンチュになりたくて、なりきれない
保守政治家でありながら沖縄人としての根源的葛藤を率直に語った。

04
FOURTH GOVERNOR
大田昌秀
1990〜1998年 ── 革新
沖縄戦の記憶を背負い、国と対峙した平和知事
── 「平和の礎の人」:軍隊は人を守らない、と訴え続けた学者知事 ──
大田昌秀
革新

大田昌秀

おおた まさひで|1925〜2017
出身:久米島
前職:琉球大学教授(沖縄戦研究)
在任:1990年12月〜1998年12月(2期)

久米島に生まれ、19歳で鉄血勤皇隊に動員。同期125人のうち生き残ったのは37人。戦後は早稲田・シラキュース大学院を経て琉球大教授に。百冊以上の著書で「軍隊は人を守らない」と訴え続けた。1990年、65歳で知事に当選。

平和の礎
平和の礎 ── 1995年6月除幕。国籍問わず約23万4千名を刻銘
(CC BY-SA 3.0)

1995年 ── 沖縄を揺るがした年

6月23日:平和の礎除幕。9月4日:少女暴行事件。10月21日:県民大会に8万5千人

普天間飛行場
宜野湾市街地に囲まれた普天間飛行場
(CC BY-SA 3.0)
TURNING POINT

代理署名拒否

米軍用地強制使用の代理署名を拒否。最高裁で敗訴したが基地問題を全国に可視化した。

なぜ敗れたか

失業率7〜8%が全国最悪。稲嶺恵一が「経済振興」を掲げ約3.7万票差で勝利。

05
FIFTH GOVERNOR
稲嶺恵一
1998〜2006年 ── 保守
財界出身、サミットと「15年期限」の時代
── 「経済再生の人」:サミットを沖縄に呼んだ財界知事 ──
稲嶺恵一
保守

稲嶺恵一

いなみね けいいち|1933〜
出身:本部町
前職:琉球石油会長
在任:1998年12月〜2006年12月(2期)

政治経験なし、財界から「経済再生」を掲げて出馬。辺野古移設を「15年期限」条件付きで受け入れたが条件は反故に。一方でサミット誘致、観光立県への転換など経済面では着実な成果。

TURNING POINT

沖縄サミット(2000年7月)

名護市万国津梁館でG8首脳会議。投資約1,000億円規模。観光客450万人(過去最高)。

G8

▲ G8首脳集合写真 (PD)

2004年:沖国大ヘリ墜落

CH-53Dが沖縄国際大学に墜落。米軍がキャンパスを封鎖し日本側の立入りを拒否。

沖国大
沖国大に墜落した米軍ヘリ(2004年8月)
(PD)
06
SIXTH GOVERNOR
仲井眞弘多
2006〜2014年 ── 保守
「県外移設」から辺野古承認へ、180度の転換
── 「変節の人」:経済実績と政治的裏切りが交錯した8年間 ──
仲井眞弘多
保守

仲井眞弘多

なかいま ひろかず|1939〜
出身:大阪市(沖縄出身家系)
前職:通産官僚→沖縄電力会長
在任:2006年12月〜2014年12月(2期)

通産官僚から沖縄電力会長を経て知事に。観光客数を560万人から717万人に伸ばし、2014年に初の700万人を突破。沖縄21世紀ビジョン(2010年)を策定し、LCC就航やクルーズ船誘致、インバウンド観光の急成長など経済振興で実績を残した。

経済面の成果

・観光客数:560万→717万人(初の700万人突破)
・LCC就航・クルーズ船誘致でインバウンド急成長
・沖縄21世紀ビジョン策定(2030年の長期構想)
・情報通信産業のコールセンター集積が進行

TURNING POINT

2013年12月27日 ── 埋め立て承認

「県外移設」を公約に再選したにもかかわらず、安倍政権の振興予算約3,460億円(過去最高)と引き換えに辺野古埋め立てを承認。「いい正月になる」発言は県民の猛反発を招き、県議会が史上初の知事辞任要求決議を可決。翁長雄志に約10万票差で大敗した。

面談

▲ 安倍首相との面談(2013.12.25)内閣官房 (CC BY 4.0)

辺野古
キャンプ・シュワブ(辺野古崎)── 新基地建設予定地
(CC BY-SA 3.0)
07
SEVENTH GOVERNOR
翁長雄志
2014〜2018年 ── オール沖縄
「イデオロギーよりアイデンティティ」── 闘い半ばの死
── 「不屈の人」:保守の魂で革新を率い、命を賭けた知事 ──
翁長雄志
オール沖縄

翁長雄志

おなが たけし|1950〜2018
出身:那覇市
前職:那覇市長(4期)・元自民党県連幹事長
在任:2014年12月〜2018年8月(在任中死去)

元自民党中核メンバーが仲井眞の埋立承認に反旗を翻し、共産党から保守系経済人まで「オール沖縄」を結集。2015年には国連人権理事会で沖縄の基地問題を訴え、国と法廷闘争を展開した。

翁長と安倍
翁長知事と安倍首相(2015年4月)── 平行線
内閣官房 (CC BY 4.0)
TURNING POINT

2018年8月8日 ── 在任中の死去

膵臓がんと闘いながら公務を継続。死去の直前まで辺野古への対応を指示し続けた。享年67。

県民葬
翁長知事の県民葬(2018年10月9日)
(CC BY-SA 4.0)
「ウチナーンチュがを一つにして闘う時には、そのエネルギーは誰も止めることはできない」
── 翁長雄志
08
EIGHTH GOVERNOR
玉城デニー
2018年〜現在 ── オール沖縄
県民投票、コロナ、代執行、そして復帰50年
── 「民意の人」:72%の声を背負い、国の代執行と向き合う ──
玉城デニー
オール沖縄

玉城デニー

たまき でにー|1959〜
出身:うるま市
前職:衆議院議員(4期)・ラジオDJ
在任:2018年10月〜現在(2期目)

在沖米軍属の父と沖縄出身の母の間に生まれ、父の顔を知らずに育った。ラジオDJから政界入り。2019年の県民投票では辺野古反対が72.15%。しかし国は方針を変えず、2024年には知事の権限を国が代行する前例のない代執行に至った。

72.15%
辺野古反対
1,016万
観光客(2019)
302万
観光客(2021)
首里城前
首里城(火災前)
首里城後
首里城火災後(2019年11月)
TURNING POINT

2024年1月 ── 国による代執行

辺野古設計変更を不承認とした玉城知事に対し最高裁が敗訴判決。国交大臣が代執行で承認。総工費約9,300億円超に膨張。

辺野古

▲ 辺野古代替施設 空撮 防衛省 (CC BY 4.0)

🗳️ 知事選13回:勝敗と争点
当選者陣営主な争点備考
1972屋良朝苗革新復帰後の県政運営主席からスライド
1976平良幸市革新基地整理・経済再建屋良後継
1978西銘順治保守経済振興 vs 基地撤去革新→保守に転換
1982西銘順治保守振興計画の推進再選
1986西銘順治保守国体誘致・インフラ3選(7万票差)
1990大田昌秀革新基地問題への姿勢12年ぶり革新奪還
1994大田昌秀革新基地縮小・平和行政再選
1998稲嶺恵一保守経済再生 vs 基地闘争経済不満で保守奪還
2002稲嶺恵一保守振興策・サミット効果再選
2006仲井眞弘多保守経済自立・基地問題保守継続
2010仲井眞弘多保守普天間「県外移設」「県外」公約で再選
2014翁長雄志オール沖縄辺野古承認の是非10万票差圧勝
2018玉城デニーオール沖縄翁長路線の継承8万票差
2022玉城デニーオール沖縄辺野古・経済再建再選(6.5万票差)
🔄 保守と革新の「振り子」── 半世紀の軌跡
保守(上)と革新(下)が交互に政権を担う「振り子」のパターン。横軸は時間、縦軸は政治的立場を示す。
📊 観光客数の半世紀
💹 沖縄経済の構造
47位
県民所得順位
復帰以来一貫して最下位
約4.6兆円
県内総生産
2021年度
約239万円
1人当たり県民所得
2019年(全国平均の約70%)
約2倍
子どもの貧困率
全国平均比

産業構造の特徴

・第3次産業が県内総生産の約85%
・製造業比率は全国最低水準(約5%)
・建設業比率が高い(公共事業依存)
・観光業は県経済の約15%(直接効果)
・IT・コールセンター産業が近年成長

基地経済の変化

・1972年:県民所得の約15.5%が基地関連
・2020年代:約5%に低下
・返還跡地(北谷町等)の方が経済効果が高い

⚠️ 基地関連事件・事故の系譜
嘉手納基地
嘉手納飛行場 ── 極東最大の米空軍基地
(CC BY-SA 3.0)
── 写真で辿る、基地被害の記録 ──
1955
暴行殺害

由美子ちゃん事件

5歳少女が米兵に暴行殺害。軍法会議で死刑判決が下されたが、本国で収監45年に減刑。さらにフォード大統領の決定で1977年に仮釈放されていた。

犯人の徴兵カード

▲ 犯人ハート軍曹の徴兵カード (PD)

1959
墜落事故

宮森小学校ジェット機墜落

嘉手納基地離陸のF-100ジェット機が石川市の宮森小学校に墜落。児童11名含む17名死亡、210名負傷。戦後沖縄最悪の米軍機事故。

仲よし地蔵

▲ 宮森小学校の「仲よし地蔵」記念碑 (PD)

1968
墜落事故

嘉手納B-52墜落炎上

嘉手納基地でB-52爆撃機が離陸直後に墜落炎上。ベトナム戦争の激化で沖縄の基地被害が深刻化していた。

B-52墜落現場
1969
毒ガス漏洩

知花弾薬庫VXガス漏洩

致死性神経ガスVXが漏洩。サリン・VXガスなど致死性毒ガスが秘密裏に備蓄されていたことが発覚。延べ1,300台超のトレーラーでジョンストン島へ移送(レッドハット作戦)。

レッドハット作戦

▲ 知花弾薬庫から神経剤を搬出するトラック群 (PD)

1970
暴動

コザ暴動

米兵の交通事故を発端に約5,000人が蜂起。外国人車両82台を焼き打ちした戦後沖縄最大の民衆蜂起。

コザ暴動

▲ 暴動後、焼けた車と米軍兵士 Photo: Larry Gray (PD)

1995
暴行事件

少女暴行事件【大田知事】

米海兵隊員3名による12歳少女への暴行。日米地位協定により起訴前の身柄引渡しを拒否され、県民の怒りが爆発。10月21日の県民大会に8万5千人が結集。SACO設置の契機に。

県民抗議集会

▲ 宜野湾市での反基地抗議集会(2009年撮影、雰囲気参考)(CC BY-SA 2.0)

2001
暴行事件

北谷町米空軍兵暴行事件

北谷町で米空軍兵が女性に暴行。1995年事件の記憶が生々しい中、再び繰り返された基地由来の性犯罪。

2004
墜落事故

沖国大ヘリ墜落【稲嶺知事】

普天間基地のCH-53Dが沖縄国際大学に墜落。死者なしだったが、大学構内が米軍に封鎖され日本側の立入りを拒否。日米地位協定の問題が改めて浮き彫りに。

沖国大ヘリ墜落

▲ 沖縄国際大学に墜落したCH-53D (PD)

2008
暴行事件

北谷町米海兵隊暴行事件

米海兵隊員が女子中学生に暴行。基地の町・北谷で繰り返される事件に県民の怒りが再燃。

2012
配備問題

オスプレイ配備強行【仲井眞知事】

事故率の高さから「未亡人製造機」と呼ばれたMV-22オスプレイが、県民の反対を押し切り普天間基地に配備開始。

オスプレイ

▲ 普天間基地のMV-22Bオスプレイ (PD)

2016
暴行殺害

うるま市女性暴行殺人【翁長知事】

元海兵隊員(軍属)が女性を暴行殺害。県民大会に6万5千人。翁長知事は「沖縄に正義はないのか」と声を震わせた。

民意はNO

▲ 「民意は新基地建設NO」(辺野古ゲート前)(CC BY 2.0)

2017
落下事故

普天間第二小への窓落下

米軍ヘリの窓が小学校グラウンドに落下。児童が運動中だった。同月、緑ヶ丘保育園にもヘリ部品が落下。「世界一危険な基地」の実態が改めて突きつけられた。

普天間基地

▲ 住宅地に囲まれた普天間基地(嘉数高台より)(CC BY-SA 4.0)

2020
感染症

米軍基地内コロナクラスター【玉城知事】

キャンプ・ハンセン等で大規模クラスター発生。基地内の感染状況が県に十分に共有されず、日米地位協定の壁が改めて問題に。

キャンプ・ハンセン

▲ キャンプ・ハンセン施設 (CC BY 2.0)

2022〜
環境汚染

PFAS汚染問題【玉城知事】

嘉手納・普天間基地周辺の水源から高濃度の有機フッ素化合物(PFAS)が検出。泡消火剤が原因とされるが、日米地位協定により基地内の立入調査ができない。

嘉手納基地

▲ PFAS汚染源とされる嘉手納基地 (CC BY-SA 3.0)

No Base
「No Base」── 途絶えることのない反基地の声(宜野湾市)
Photo: Nathan Keirn (CC BY-SA 2.0)
🔮 結び:2026年知事選への視座

保守→革新への転換

保守知事が基地で政府に譲歩→「裏切り」→革新が政権奪取。
:仲井眞承認→翁長圧勝

革新→保守への転換

革新知事が基地闘争に注力→経済停滞→保守が「経済」で奪還。
:大田闘争→稲嶺当選

2026年は玉城知事の任期満了選挙。保守側は古謝玄太を擁立し12年ぶりの県政奪還を目指す。歴代知事の系譜が示すのは、沖縄の有権者が「どちらが沖縄の未来に責任を持てるか」を、時に理念で、時に生活実感で判断してきたという事実である。

「沖縄の」は一つではない。しかし、沖縄を想うは一つである。
── 本稿の結びとして